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台東区松が谷2-14-1
TEL 03-3844-0652
FAX 03-3844-0651

<アクセス>
銀座線稲荷町・田原町  7分
各線浅草駅       10分
日比谷線入谷駅     11分
都バス菊屋橋下車    3分

<ご祭神>
倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
福禄寿

 矢先神社では福禄寿をお祀りしています。
 寛永19(1642)年11月23日、時の三代将軍徳川家光公が国家の安泰と市民の安全祈願ならびに武道の練成のために、江戸浅草のこの地に三十三間堂を建立しました。
 三十三間堂では弓の射技練成のために「通し矢」が行われました。通し矢は先人に勝てば堂に掲額できるとあって武士としての名誉となり、大いに流行したようです。この通し矢は江戸市民にも観覧が許され、評判を博しました。
 京都の三十三間堂にならって建立されたこの堂の守護神として稲荷大明神を勧請し、その場所がちょうど的の先にあたっていたので「矢先稲荷」と名づけられました。いまからおよそ360年前のことになります。
  ご祭神は倉稲魂命(うかのみたまのみこと) を祀りります。ご神体は上野東叡山寛永寺の祖慈眼(じげん)大師(天海大僧正)によって寄進され、「御府内寺社備考」によると「木造で翁の型をして稲を荷い、7寸8分、弘法大師作」となっています。

 創建以来、創業、学業、人徳の成就と武運長久の神徳に、武士、町人を問わずに尊信を篤くしました。
 ところが約60年後の元禄11(1698)年9月6日、浅草を中心として大火で焼失してしまい、三十三間堂の方は深川に移転を命ぜられてしまいましたが、その鎮守である当社は信仰心の篤い町民の要望で当地の産土神として再建が許されました。
 その後も関東大震災、東京大空襲などで幾多の困難に遭いましたが、いずれも難をくぐりぬけて現在に至っています。

拝殿の格天井には、神武天皇の御世から今日にいたる「日本馬乗史」を描いた100枚の絵が奉納されています。人物、馬の姿態、武具、服装などすべてが精密な考証のもとに描き上げられていて、馬にまつわる歴史が一目瞭然に理解できる貴重なものであります。

天井画100枚入ソフト発売
発売元 潟Cンプレス社

格天井 の絵(那須与一・義経)と
奉安された和鞍

矢先神社のご神像は拝殿右手に奉安されています。
長寿の象徴の鶴をはべらせ、白髪白髯、調和のとれた円満な福相をされており、人の最高理想の姿をあらわしています。

福禄寿とは


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